TITLE: Android Opera “Scary Beauty” Encore, Alter2 with Piano Solo version
ARTIST: Keiichiro Shibuya (Piano), Alter2 (Vocal), Justine Emard (Video)
DATE: July 22, 2018
VENUE: The National Museum of Emerging Science and Innovation (Miraikan)
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僕たちは見つけにくく忘れやすい。
-Scary Beautyの世界初演について-
率直に言って今回の公演の準備、制作は困難を極めた。というかこれは実現できるのか?と思う瞬間が何度もあった。困難の理由はいくつもある。
空気駆動のアンドロイドは指揮のような機敏な動きに向かない。オーケストラと指揮者の間には習慣的な約束がいくつもあるが、それをアンドロイドに学習させても人間の指揮者の劣化版にしかならない。そもそもオーケストラは大人数の演奏者から成っていて少なくない数のリハーサルを必要とする。これがもしコンピュータ・ミュージックだったら直接アンドロイドと接続して様々な信号を送り相互に操作することができる。今回の場合は僕がコンピュータでシュミレーションして作曲、オーケストレーションしたデータを楽譜に置き換え、オーケストラ団員に渡しリハーサルを反映して細かく修正するというプロセスが続いた。
では、なぜこんな困難を自ら設定したのか?
アンドロイドのプログラム開発を担当した池上高志と未来館のリハーサルの帰りに話していたら、彼は2013年のTHE ENDのパリ公演の後、僕がラジオで次はアンドロイドでオペラを作ると話していたのを覚えていると言っていた。確かにこのプロジェクトの発想の元は2013年のパリに遡り、何度も流れそうになりつつこの5年間、僕は虎視眈々と実現のタイミングを狙っていた。粘り強く、という言葉は全く相応しない。アンドロイド・オペラは僕の体の一部になって、考えを巡らせリサーチも続け、ほとんどの読書はアンドロイドが歌うテクストを探すことに紐づいていった。
困難な問題設定は解決した時には作品の力となる。これはテクノロジーオリエンテッドな問題設定をあえてしないということでもある。いまできることから発想しない。想像力の範囲が現状のテクノロジーに依拠しているようでは作品も僕も生き残れない。
しかしアンドロイドによる指揮の開発とオーケストラの協働は困難を極めた。プログラムは何度も開発を繰り返し幾重にもレイヤーされ、修正してというプロセスは「人は何をリズムと感じるか?心拍と感じるか?」という問題に辿り着いた。
池上研究室の土井樹と現代音楽家の川島素晴、僕と池上、ことぶき光は未来館に泊まり込み、アンドロイド相手に無人のリハーサルを繰り返した。
その結果、「アンドロイドの指揮の腕の動きだけに注力するのではなく、人間の呼吸のような肩、腰の上下運動の反復を与える」ことがオーケストラとアンドロイドによる指揮のコミュニケーションを格段に容易にするという結論に到達した。
実際、その後のリハーサルではオーケストラメンバーが「この指揮ならイヤホンでクリック聴かなくてもいけるかも」と言いながらイヤホンを外してアンドロイドの指揮だけを見て格段と自由に演奏するメンバーが続出した。
これは普遍的な問題でもある。つまり、人間がアンドロイドに対して出来るのはプログラムしたり自律性を与えたりすることだけではない。人間のオーケストラはアンドロイドと一緒に演奏する過程で人間のそれとは確実に違う指揮から、いかに一緒に演奏することが可能かを探り、発見することもできる。このことを僕たちは忘れやすい。
アンドロイドの指揮に呼応して咀嚼して演奏するオーケストラ。そこには最初に僕がつけたタイトル「Scary Beauty」とは全く別な意味での”Scary Beauty”=奇妙な美しさが生まれていた。このとき、人間とアンドロイドの距離は少し近づいた気がする。
そしてこれはオーケストラの演奏統括を担当した川島が最初にオーケストラメンバーにこのプロジェクトを話したときに若い団員から言われた言葉、「どうやって息をしていない指揮者とわたしたちは演奏したらいいんですか?」に一周回って帰結する。僕たちは呼吸をして影響し合う。こんな当たり前なことを僕たちは見つけにくく忘れやすい。
その後に制作した本公演のための新作「On Certainty」(ヴィトゲンシュタインのテクストによる「確実性の問題」)には、コンピュータで作った人間の呼吸音を無限反復して入れることにした。人工の呼吸を見れるだけではなく聴けるように。それが人間とアンドロイドに少しの自由をもたらすように。
追記:
この公演は後年、語り継がれるくらい荒唐無稽なものだったと思う。フェスティバルでもなければ委嘱でもなければスポンサー公演でもなく、ただ一体のアンドロイドの周りに集まって協働し無理難題を徹底的に探求するという、この狂気をすべての人に。そして芸術とはこういうものだと思う。
この狂気と限界を一緒に超えてくれた制作スタッフ全員、アンドロイドとオーケストラに本当に感謝したい。
2018.7.18
渋谷慶一郎
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